お香の発展
変化、時代とともに

仏教が日本に伝えられたのは、538年とされており、仏教儀式と供香(焼香)との関連からも、日本のお香の歴史は595年よりも早く始まっていたと思われます。奈良時代には、唐の僧「鑑真和上」が来朝し、さまざまな香薬と焼香などの調合技術を伝えたことで、“日本の香=薫物(たきもの)”は発展し、空薫物(からたきもの)(※)が生まれました。平安貴族たちは、より優美な芳香を求め、その調合を洗練させ、遊技の「薫物合せ」を生むこととなります。
この日本独自の香りの文化は、この後の香道が形成される源となります。優雅な王朝時代から武家の時代へと移行してくると、複雑な薫物の香りに代わり、香木一木(いちぼく)の香りが好まれるようになり、さまざまな香木の香りを聞き比べる「聞香(ききこう・もんこう)」へと発展しました。そして室町時代になり「香道」が成立することとなります。
お香は、茶道ではお茶席を清めるため炉で焚いたり、寺院では燃える長さで時刻を知る時計(香時計・香盤)として用いたりしていました。それ以外に着物に香りを移す伏籠(ふせご)、鞠香炉(まりこうろ)など、さまざまな使い方をされてきました。葬儀での「香典」も元々は仏前に香(お線香)を供えることを意味していましたが、現代では香の代わりとして現金が渡されるようになりました。このようにお香は日本における長い歴史の 中で、さまざまな形で時代の移り変わりとともに根付いてきたのです。

- 仏教の供香から離れ、香り自体を楽しむもの。練り香の原形。
お線香の歴史
「お線香」という棒状のお香が初めてつくられた時代については、
- 天正年間(1573~1591年)に、中国から大阪・堺あるいは長崎にその製法が伝えられた
- 寛文二年(1662年)五島一官が中国福州から伝え長崎で開始
といったようなさまざまな説があります。
明確ではありませんが、江戸時代初期には現在の「お線香」と呼ばれる形状のお香はつくられていたようです。
お線香は「慈悲の心」を表しているといわれています。
お線香を焚き、その香りが広がることで慈悲が平等に行き渡るという意味があるとされています。























